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zoom RSS 幸島:「百匹目の猿現象」発祥の地?

<<   作成日時 : 2010/03/11 01:07   >>

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幸島へと渡る海岸に「百匹目の猿現象発祥の地」と書かれた石碑があります(石碑の向こうに見えるのが幸島)。すごく目立つ石碑なんですが、この「百匹目の猿現象」というのは勘違いから生まれた作り話です(「101匹目の猿現象」とも言われる)。

幸島のニホンザルの中で最初にイモ洗い行動をやったのは「イモ」と名付けられたメスの子猿。イモ洗い行動はその後徐々に群れの他の猿たちに広まります。そしてある日、「100匹目の猿」がこの行動を習得した時、それまでゆっくり群れ内に広まってきたイモ洗い行動が突如として群れ全体に広まり、さらに遠く離れた日本各地にも広まった・・・。
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以上が「百匹目の猿現象」と言われるものです。イギリスのライアル・ワトソンが、日本の霊長類学者から聞いた逸話を引用するという形でこの現象を紹介したようですが、実際にはこのような事実は報告されていません。

イモ洗い行動の伝播には二つの段階があったということは報告されています。最初は遊び仲間の子供同士や兄弟間で「横方向」に伝播していたイモ洗いが、その子らが大人になってからは親から子へ「縦方向」にも伝承されるようになった、と霊長類学者の河合雅雄が書いています。しかし、突然群れ全体に広まったとは書かれていません。

幸島以外の猿にもイモ洗いをするようになったものがいたのは事実です。ただ、これは幸島の行動が「伝わった」のではなく、各地で独自に発生したと考えた方がよさそうです。

当時、日本各地で猿の餌付けがおこなわれるようになって猿にイモを与えるところが増えていたのに加え、幸島のイモ洗いの話が有名になったのでとくに水辺にいる猿にイモを渡す試みもなされたのではないかと思います。つまり、遠くにいる猿同士で行動や知識が伝わったのではなく、日本各地の人間が猿に対して同様の働きかけをした結果なのではないかということ。幸島と類似の条件がそろえば、各地でパラパラとイモ洗いが見られても不思議ではありません。ただし、幸島のように群れの文化として広く伝播して定着した所は他には無いようです。

流行歌でもファッションでも、それを支持する人の数が増えれば増えるほど流行が加速するというのはありそうなこと。でもそれは、それに接したりプラスの評判を聴く機会が増えるからでしょう。そのような接触も無しに、突然遠くに情報や知識・価値観が伝わるとは考えられません。

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