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zoom RSS わからないものにこそ価値がある

<<   作成日時 : 2011/12/13 22:11   >>

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「文楽を見たが2度目は行かない。時代に応じてテイストを変えないと(観客は)ついてこない:橋下徹」・・・世界も驚嘆する文楽に対していったい何を言ってるのだろう。「俺がわかるようにやれ」という尊大な態度では伝統芸能の深みを味わうことはできないということか。

自分がわからないものに対して「変われ」と言うのはおかしいと思う。「わからない」ものの中には、まだ自分が味わえていない深い何かがあるかもしれないのだから。わかるものよりも、わからないものの中にこそ、自分の世界を広げるチャンスが秘められていると思う。

時代とともに変化するものが伝統として残り得たというのは事実かもしれないが、世の中の音楽や芸能がすべて「誰にでも(市長にでも)すぐにわかる」ものになるのが良いとは思えない。より多くの人に理解される音楽が、より良いものだとは思わない。「競争させればより良い芸能が生まれる」ということもないと思う。

それから、「一部の人にしかわからない」という要素が、その一部の人たちにとっては大きい意味を持っているものだと思う。「みんながわかるもの」だけしか残さないような流れは、それぞれが多様な感じ方を持つ僕らの個々の楽しみをどんどん奪っていくに違いない。

まつさか

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
国立文楽劇場の雰囲気を味わうだけでも楽しいのにね。
音楽とか絵画とか演劇とか、理屈で捉えるのが難しいものを「わかる・わからない」という基準のみでバッサリ区分けすることに無理があるのだと思います。
「よくわかんないけど、なんかいい」という感覚が「好き」への入口かもしれないのに。もったいない。
とりあえず、「ようわからんから俺好みに変われ」なんて言う男はイヤです(笑)
チカ
2011/12/14 12:31
どうもありがとうございます。
すぐに「わかる」ものより、「これはなんなんだ、いったい!?」というものの方が長く深く楽しめることが多いと思うんですけどねぇ。
まつさか
2011/12/16 21:18

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